美しい戦略レポートが現場で止まるのは、戦略が間違っているからではありません。 戦略と現場の間にある「設計」の層が、ごっそり抜け落ちているからです。
プロジェクトの引き継ぎで、大手ファームが半年かけて作り上げた戦略レポートを 受け取ることがあります。論点は整理されていて、市場分析は精緻で、 提言はロジカルです。読むだけで、なるほど、と頷かされるものも少なくありません。
しかし現場に持ち込んでみると、ほとんどが翌週には動かなくなっています。 誰かが反対するわけでも、間違っているわけでもありません。 ただ、誰も次の一手を踏み出せないのです。 この状態は、ある特定の構造が原因で繰り返し発生しています。
「美しい戦略」と「動く戦略」の違い
美しい戦略と動く戦略は、似て非なるものです。 美しい戦略は、論理が破綻なく接続されている戦略のことです。 誰が読んでも納得でき、批判の余地が少ないように作られています。
一方、動く戦略は、明日からの会議のアジェンダに変換できる戦略のことです。 論理の美しさよりも、現場の語彙で書かれていることが重視されます。 この2つは、作られる場所も、評価される基準も、まったく異なります。
美しい戦略は読まれて評価され、動く戦略は使われて評価される。
大手ファームの戦略レポートは、多くの場合、前者として最適化されています。 後者として作られることは、構造上、ほとんどありません。 その理由をこれから分解していきます。
構造1 — 計画と実装の分業による断絶
ひとつ目の構造は、戦略を作る人と、実装する人がはっきり分かれていることです。 大手ファームのモデルでは、戦略フェーズは戦略チームが担当し、 実装フェーズはクライアント側、あるいは別のSIerに引き渡されます。
この分業自体は、コスト構造として理にかなっています。 ただ問題は、引き渡し時に「戦略を動かすために必要だった文脈」が落ちることです。 なぜこの選択肢を選んだか、何を検討して捨てたか、どこで揉めそうかといった情報は、 レポートには書かれません。そもそもレポートに書く場所が用意されていないのです。
引き渡された側は、結論だけを受け取って動こうとしますが、 結論の背景が見えないままでは、最初の判断ですぐに迷います。 迷いは決定の保留を生み、保留は会議の追加を生み、会議の追加は停滞を生みます。
構造2 — 「正しい答え」と「動く答え」のズレ
ふたつ目の構造は、戦略フェーズで重視される「正しさ」と、 実装フェーズで必要な「動かしやすさ」のあいだに、視点のズレがあることです。
戦略フェーズでは、正しい答えを出すことに価値があります。 市場、競合、自社の強みを照らし合わせ、もっとも合理的な選択肢を選ぶ。 この作業は、「現場の都合」を一旦脇に置くことで成立します。 都合を全部織り込むと、合理的な結論が出せなくなるからです。
ところが実装フェーズに入った瞬間、その「脇に置かれた現場の都合」が 一斉に立ち上がってきます。誰の業務が増えるのか、どの部署のKPIに影響するのか、 過去にどんな失敗があってその領域には誰も手を出しにくくなっているのか—— こうした情報は、戦略レポートのどこにも書かれていません。
正しい答えを動く答えに変換するためには、別の作業が必要です。 この変換作業がないと、レポートは「正しいまま動かない」状態で残ります。
構造3 — 実行設計の欠落
みっつ目の構造、これがもっとも本質的なものです。 大手ファームの納品物には、「実行設計」と呼べる層がほぼ含まれていません。 含まれているのは、戦略レポートと、せいぜい初年度のロードマップだけです。
実行設計とは、戦略を「来週、誰が、どの会議で、何を決めるか」まで落とし込む作業です。 この層は、戦略でも実装でもなく、両者の間に独立して存在しています。 ところが業界の慣習では、ここが誰の仕事でもありません。
- 戦略コンサルは、実行設計まで降ろすと「コンサルの領域を超える」と考える
- SIerは、実行設計が前提として揃っているはずだと考える
- 事業会社は、両者のどちらかがやってくれているはずだと考える
三者がそれぞれ「自分の仕事ではない」と思っている領域に、 実行設計はぽっかりと残されたままです。 ここが埋まっていないことが、戦略が現場で止まる最大の原因です。
BOTTISが選んだ立ち位置
BOTTISは、この空白を埋めることを自分の仕事に選びました。 戦略を新しく作り直すのではなく、すでにある戦略を「動く形」に翻訳する立ち位置です。 派手さはありませんが、ここを担う人がいないと、いくら立派な戦略も現場で活かされないままになります。
実際の支援では、戦略レポートを読み込むところから始めます。 論点の構造、選択肢の絞り込み、意思決定の根拠を理解したうえで、 それを現場の語彙に変換します。会議のアジェンダに、役割分担の表に、 来週の意思決定リストに——形を変えながら、同じ内容を繰り返し降ろしていきます。
この作業が完了するまでに2〜4週間。決して長くはありません。 ただ、この期間に行われる「翻訳」が、戦略の有効寿命を何倍にも引き延ばします。 戦略は最終成果物ではなく、実行の起点です。 起点として扱えば、自然と次の動きが見えてきます。
美しい戦略レポートを否定したいわけではありません。 論理の精緻さ、分析の深さ、選択肢の網羅性は、まぎれもなく価値があります。 問題は、それだけでは現場が動かない、という構造のほうにあります。
もしいま手元に「立派だけど動いていない戦略」があるなら、 戦略そのものを疑う前に、実行設計の層が抜けていないかを問い直してください。 多くの場合、戦略は十分です。足りないのは、その下に敷くべき設計のほうです。